quotation and concerning the books.by Tetsuya Machida

2006年10月31日火曜日

頁の縁を折った


心ないものにしても、石たちにとって、むごいことだ、と妙なことを思って自身も息苦しさに見舞われた。水平の方向へ目を逃すと、幾段にも重なって石の列がそれぞれわずかずつくねりながら近郊を先へ送っている。その従順さに惹きこまれた。もう死んでいる。とうに済んでいる、と石のひとつひとつへ宥めかけていた。石たちは遠近の方に逆らって、遠ざかるにつれ大きさを増して人の頭ほどに見える。人の頭が偶然の所に圧しつけられたきり、列全体としてかすかに悶えている。人ひとりの生涯も断続にして延べればこのような髑髏の列になるか、刻々と済んでいながら先へ先へと迫る。しかし列のところどころに、繰り越されてくる歪みを溜めて。今にも傾いではみ出しそうな、おのれを吐き出しそうな石たちがある。あれこそじつは、その場その場で、要の石になっているのではないか、と思って耳をやった。人の声のような思いだった。
人が恐れることは、じつはとうに起こってしまっている、とまた声がした。怯えてのがれようとしながら、現に起こってしまって取り返しもつかぬ事を、後から追いかけている、知らずにか、それとも知っていればこそか、ほんとうのところはわからない、誰にもわからない、と聞こえた。呻きそうな要の石の先からも、石がさらに先へ切迫して寄せるのが見えた。どこかで死者が長く詰めていた息を吐いた。細い雨が降り出した。
雨は三日も続いて、ようやく晴れあがった正午前にまた石垣の道に来ると、人にも見られず落花の残りが宙に舞い、石の間に浅く積もった土からとぼしい青草が萌えて、石の丸味の上に、ひとひらほどずつ、花びらが載っていた。供養のようだと眺めた。

半日の花/辻/古井由吉

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