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またまどろむうちに、思いがけずヒトの厄介になってしまったが、日の暮れには足もしっかりしてくることだろうから出て行かなくてはならない、しかし、ここはどこだろう、と考えている。
あの女と交わって子供を二人もこしらえたところではないか、と驚いた。ずいぶん昔のことに思われた。別の土地、別の家でのことであった気もしてきて、となるとあの女はどうしていまここにいるのだろう、と訝った。奇遇に泣いて交わって、子供ができたのは、昨夜のことだったか、と時間が混乱を来して、子供の年を数えればわかることだと思い、しかし数えようにも、どこから数えたものか、その起点が知れないともどかしがり、つぎからつぎへ妙な方角へ引きまわされたあげくに、今度は足のだるさが先に来て目が覚めかかり、子供たちも学校へ通うようになったので、そろそろ、遠くてもいいからすこし広いところへ超さなくては、と妻と話したのがつい先日だったことを思い出した。夜中にこちらの部屋の通うことに、子供たちは気がついているのよ、と妻は言った。
子供たちは父親の、じつは本人の意識にはなかった命令を守らされて部屋に入って来なかったが、母親が世話をしに入る隙に戸口から首だけ出して、父親の寝込んでいるのが面白いらしく、足をばたばたさせて喜んだ。父親が手洗いにのそのそと出て来る時にも、近寄りはしなかったが、変な物を見てちょっとすくむような仕草から、身をくねらせて笑った。
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「役」/「辻」古井由吉より抜粋
quotation and concerning the books.by Tetsuya Machida
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